最後の鳥


ある日、何にも変わらない街、しかし何かが違う、行き交う人も街並みもなにも変わらない。今日食べた、目玉焼きが古かったのだろうか?。しかし、別にトイレに行きたいわけでもない。駅についても、ごくごくふつうの混雑だ。どこも変わった所など無いのに、
私はなるべくいつもと同じ行動をするように心がけた。キオスクでマンガを買いそれを読みながら電車に乗り込んだ。何かが違う。電車から降り改札を抜け、大通りに出たところで、ビルの巨大テレビジョンを見て気がついた。
その画面に映っていたもの、それは”地球の回りを回る鳥達”、NASAのスペースシャトルからのBICニュースだ。その映像はまるで土星の輪のように美しく、地球を回る大編隊、全ての地球上の鳥達が地球の回りを飛んでいるようだ。
なぜ、鳥がそんな高く、しかもおおぜいで飛んでいるんだ?酸素は?地球の終わりか?あ、何かの映画の予告なのか!しかし、これは良く見る某国営放送のアナウンサーじゃないか?すこし立ち止まって見ているとどうやら本当に本当の現実に起きている事件らしい。テレビの中では鳥類研究家や、司会者、はては軍事評論家まで出てけんけんがくがくだ。


わかった!!そう今日いつもと違うこの風景はこの都会の中のわずかな雑音、鳥達の声が聞こえないからだったのだ。いつもは嫌いなカラスもいなくなると寂しいものだ。鳩の糞にも悩まされることは無くなったが、一羽もいないとは、、、なぜ?
日本と言わず世界中のBICニュースになった鳥達だが、たった一種類だけは残っていた。そうニワトリだけはこの地上に残っている唯一の鳥の種族だった。

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二日目
今日も宇宙にいる鳥達は地球の回りを回っているようだ。我々の酸素、体力などの常識などは彼らには関係ないようだ。今まで私たちが教わってきた、科学、常識なんていったいなんだったのだろう?そんなものに縛られたものと、縛られていないものの差なのだろうか?そんなことを、会社から帰りビールを飲みながらTVを見ながらぼーっと考えていた。
おっと、ビールのつまみ代わりに食べている、このケンタッキーフライドチキン、こいつらだけは常識人だったわけだ。しかし、なぜにわとりだけが地上に残っているんだ?ただ飛べないだけか?それともかわいそうな人類のために食料として残ってくれたのか?
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三日目
前日とあまり変わり無くやつらは飛び続けているらしい。ニワトリの方も”異常に騒いだりなど無く、ふだんの騒がしさだ”とテレビに出ていた養鶏所のおやじが言っていた。
会社に行っても仕事は普通にやっている。きっと世界の一大事なのに、この自分の当たり前の生活ぶりは一体なんなんだろうか?「あー俺は本当の小市民だ」と、心の中の独り言がふえる。
俺とは逆にテレビでは異常な盛り上がりだ。毎日特集番組が組まれ、あること無いこと、異常なスピードで俺の頭の中に情報を叩き込みやがる。ノストラダムスは予言してた、霊の世界とのつながる道が鳥どもの行く道だ、とか四次元と三次元とは今つながった、と叫んでいる。新しい宗教も世界の至る所で出現しだした。たった三日でこうも教祖がふえるとは、ぶつぶつと独り言をいいながら寝る。
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四日目
朝、起きて真っ先にTVを付ける。どうやら俺も御鳥様宗教の一人に成り下がったらしい。まずはいつものようにNASAからの映像だ。かわいいアナウンサーがまるで自分一人の手柄のようにまくしたてている。今日のTOPニュースは外側の小さいスズメのような鳥が死んでいるのをスペースシャトルが発見したというのだ。”死んでいる?””やはり鳥達も体力の限界があるのか?””またなにかが変わるのか”一人、朝からぶつぶつ言いながらパンをかじっていた。やがて、会社に行く時間になり、駅へと急ぐ。
駅へ向かう道でふっと空を見上げた。良くはれた青空に、うっすらと線が見えるこれが鳥達が飛んでいる輪なのか?今日始めてみたが、昨日もみえたのだろうか?そんな事を考えながら、電車に乗った。電車の中は、いつもと変わらない風景だが少しみんな緊張した顔つきになっている。平和教育をずーっと受けてきた日本人のはじめてみる緊張感ある顔つきだった。きっと僕も同じような顔つきなのだろう。ふっと鳥はどんな顔で飛んでいるのだろうか?なんて疑問がわいてきた。それも自分の降りる駅のドアが開くまでだったが、、、
午前中、営業先へ打ち合わせに行く、最初の話題は鳥のことだ。しかし、誰も分からない答えを探しているので、常識的な所で打ち切り仕事の話へと移る。ぼーと仕事の話をしているところで、ふっと長くて暗いトンネルを思い浮かべる。トンネルの先の出口、わずかな光、そこを目指して進む、そうするとそこには、色鮮やかな鳥達が飛んでいる。上も下も右も左もないそんな空間だった。回りの色は眩いばかりの光があるが明るくはなく、永遠の闇のようだ。体の中はすごく熱いのに回りには一切の温度がない。そうきっと僕の体温とコンマ1も違わない温度なのだろう。そんな映像が頭の中をよぎったが、すぐ忘れた。
打ち合わせが終わり帰りにサテンに入る。ちょうど12時を少し過ぎた所だったので、チキンカツ定食を頼む。なんだか無性に鳥が食べたくなった。僕は鳥達を憎んでいるのだろうか?
夜、帰り道空を見上げる。鳥達がまるで天の川のように光輝いていた。ケンタッキーフライドチキンを山ほど買う。どうしちまったんだ。その帰り道の肉屋でも鳥もも肉を買った。家につき、鳥肉をばくばくと食べた。自分自身で少しおかしくなっているようだ。うまく眠れない。しかし、TVでも最近精神科の医者へ通う人が増えている、と報道していた。ごく普通の人ならこの状況は耐えられないに違いない。なんかそんなことを考えたら、眠れた。
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五日目
起きてすぐTVを付ける。そして窓を開けて空を見上げる。今までは起きても窓など開けたことなどなく会社に行っていたが、鳥達のおかげで少し健康的な生活を送っているらしい。TVに目をやると、どうやら小さい鳥達がばたばたと死んでいっているらしい。このままでは宇宙にいる鳥はやがて全滅だ。動物愛護協会の理事が出てきて何か言っていたが、空の線を見ていたので分からなかった。


今日は会社を休んで一日中空を眺めていようかと思ったが、明日は休みなので思いとどまった。昨日あれほど食べた鳥肉のせいなのだろうか?少し胃がむかむかする。今日は鳥肉を見るのもいやだ。わがままな気もするが、事実なのでしょうがない。今日は朝飯も食わずに出かける。空の鳥達のラインが綺麗だ。青空に久しぶりに感動する。
やりたいことがあるような、ないような日だ。気分はいい。少し足早に駅へ向かう。なんだか回りの人たちがみんな鳥に見えてきた。気分がいい。会社へ行っても、同僚達が鳥に見える。気分がいい。どうやら、気がふれてしまったらしい。しかし気分がいい。これならばなぜ、もっと早く狂っとかなかったんだろうか?爽快だ。今まで何か見えないものに怯えていたが、今では全然そんなものは無くなった。おっとオウムの課長が何かぶつぶつ言っている。少し仕事でもしてやるか。ははははは、なんだか腹の底からおかしい。笑いながら仕事をする。時折、笑いがこみ上げてくる、午前中五回ほど大声を出して笑ってしまった。気分がいい。
昼飯の時間になる。急に気持ちが悪くなる。あわててトイレに行って吐く。昨日の鳥肉が出てきた。気分が悪い。最悪だ。なんだか急に絶望感が襲ってきた。同僚が今日の僕を見て心配してトイレに来てくれた。ふっとそいつの顔を見るといつもと変わらない人間の顔に戻っている。どうやら、昨日食べた鳥肉に原因があるらしい。ちくしょう、またいつもの自分にもどっちまいやがった。気分が悪い。今日は早退をすることにした。帰り道、空を見上げた。朝見た空はあんなに綺麗だったのに、今はいつもとまったく変わらない。また鳥肉を食べれば、あの壮快感がもどるのだろうか?しかし今は鳥肉を見るのもいやだ。また気持ちが悪くなる。無理して吐こうと思ったが、吐けなかった。家に帰ってTVも見ずに寝た。
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六日目
朝3時半に起きる。昨日体調が悪くて早く寝たせいか?窓を開け夜空を見る。体調はもう悪くない。心なしか夜空の鳥達の線が薄くなっている。天気が悪いのかと思ったが、回りの星を見ても良く見える。どうやら、良く晴れているようだ。
TVを付けてみる。CNNでどんどん鳥が死んでいるとアメリカの女性キャスターが言っている。鳥達が全滅するのも時間の問題らしい。もう七割ほどは絶滅した。すこし悲しくなる。夜空を見上げながら少し泣いた。えもいえぬ悲しみがこみ上げてきた。きっと人類の終わりが近づいているに違いない。そんなことをぼーっと考えていた。
少しすると空がうっすらと明るくなってきた。鳥の輪は今の時間が一番美しい、街並みがただの箱の集まりに見えそれを天国へと誘う糸が空へと繋がっている。ちっぽけで偉大なる人類の終末にはぴったりの美しさだ。、、、、
あれ俺は人類が勝手に滅びるなんて言っているが、実はそんな予感は一つもしてない。不思議だ。この輝く朝日を見ていると生きる気力がむくむくと湧いてきた。やがて完璧に夜が明けた。少し早いが外に出て散歩する事にする。
近所の一番大きな公園では二、三十人の人が集まってお祈りをしていた。真ん中の初老のやせたじいさんが教祖のようだ。念仏のような訳の分からない大声を上げている。「聞け、愚民どもよ!痩せた地に降り立つ鳥はいなくなった。この我らの地はもう意味をなさなくなった。空の鳥達が全て死滅するとき、この地面は粉々に崩れ落ちるであろう。全ての人間に今審判が下されるときなのだ。、、、、、、しか〜し、し、し、か〜〜〜し、ここにいる人間は非常に運がいい。昨日私は夢を見た。この、この一大事を救うのはおまえしかいない、そう神がお告げなさったのだ。我は神の使いである。その証拠に皆にも神の本当の姿を見せて進ぜよう。アーブラカタブラ、」
さっきまで念仏を唱えていたジジーが今はアブラカタブラだ。いかさまもここまでくると笑いたくなる。しかし、神様が本当に姿を今見せてくれるというので、今しばらくここにいることにする。
「祈れ、人類よ祈れ、人間よ。さーさーさー神様〜」と大声を出して老人はぶったおれた。「コケコッコ〜」老人の後ろに隠れていたニワトリが勢い良く老人の頭に乗っかり、鳴いた。
俺は吹き出しそうになったが、回りにいた人の半分は面白くなさそうな顔をしてバラバラと帰って行ったがもう半分の人たちは真剣に拝み始めた。中には泣いているものもいる。俺はあきれたが、昨日の事を考えるとあながちうそでも無いような気がして合唱だけして、また歩き始めた。
少し行くと知り合いのおじいさんが見える。向こうも自分に気が付いたらしくこっちに近づいてくる。俺はなんだか知らないがあわてた。一体近所のじいさんと何の話をすればいいんだ。俺が舞い上がっているのにかまわす、真っ直ぐとじいさんは近づいてきた。「おはようございます」じいさんは一言俺に挨拶してまた去っていった。
う〜ん、あれくらい年がいくとたいしたもんだ。俺はみょうな事で感心した。”平常心”ぼそっとつぶやいてみた。少し、心が落ちついた。俺もじいさんのように成りたい。そんなことを思いながらもう少し先まで行ってみる。
パチンコ屋の前に来てみた。開店待ちの客があいかわらず何人か並んでいた。「ここも平常心」ふっとつぶやいて通り過ぎた。
少し腹が減ったので、牛どん屋に寄って朝定を頼んだ。あまりうまくはなかったが、腹は膨れた。気が付くともう10時だ。家に戻ることにする。
部屋に戻りTVを付けた。鳥特集だ。1羽1羽鳥の種類と性格、生息地など丹念に説明していた。なんだか、やけにみんな鳥に詳しい。あのセクシーアイドルでさえ、鳥の種類をばんばんと言っている。カンペでもあるのだろうか?まあ、どうでもいいが。他も似たり寄ったりだが12だけは演歌女の花道スペシャルをやっていた。しばらく、これを見ることにする。
驚いたことにキャンディーズのランが出ていた。これも世紀末のせいか?よくわからんが食い入るように見た。かなり老けてはいたがやはりランちゃんだ。一体、今は何歳なんだろう。演歌のランもいいな。などと一人TVを見ていた。しばらくすると久しぶりに鳥のことを忘れている自分に気が付いた。なんだかこのまま12チャンを見ることにする。どれくらいたったのだろうか?おなかもかなり減ってきた。窓を見るともうすっかり暗い。外にメシでも食べに行くかなどと思いながら、上着に手をかけたその時、、、、
”ピンポーン”
TVからチャイムが鳴った。
画面の上にニュースが流れ始めた。「くそ、12チャンおまえもか!!」
-------遂に鳥が全滅しました-----詳しい情報は入り次第お伝えします。------------------------------
俺はショックで声も出なかった。遂に遂にこの時が来てしまった。一体この後は何が起きるんだ。東京12チャンに隠されていた不安がどどーと音を立てて襲ってきた。
俺はあわてて布団をかぶった、ぶるぶる震えていた。こんな時愛する彼女でもいればよかったが、残念ながら今から急ぐには作れない。とりあえず、知り合いの女の子の家に電話をしてみることにした。
一件二件としてみたが誰も出ない。あわてる俺は手が震えながらも、次々と電話を掛けまっくた。誰も出ない。心臓がばくばく言っているのが分かる。頭の血管が切れそうだ。ウオ〜叫びながら適当に番号を押し始めた。その時  プッ  電話の切れる音がした。
「き、き、き、来た〜」遂にこの時が来たんだ。もう終わりだ。ノストラダムス、バンザーイ。おかあさん、先立つ不幸お許し下さい、いや待てきっとお袋も死ぬんだ、じゃあ、お母さん1秒でも必ずあなたより長生きしてみせます。などと叫びながら、布団をかぶってぶるぶる震えていた。
しばらくしても一向に大地震や大洪水などの天変地異は起こらなかった。しかし、布団から出るようなことは恐ろしくてまだできない。
そういえば、まだにわとりだけは鳥類として残っているんだ。きっと、彼らが残っているおかげで天変地異が起こらないですんでいるんだ。そう、思うと朝のジジーは正しかったんだ。そんなことを考えながら一晩中布団の中で震えていた。
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七日目
もう、8時だ。どうやら日が出てから少し寝てしまったようだ。太陽の日のおかげでやっと布団から出られる。まだ眠いが、起きることにした。外の事が非常に気になるが、窓を少し開けてみる。
なんだかあまりいつもと変わらないようだ。こわごわTVを付けてみる。
鳥の全滅の風景が映っていた。どの鳥ももう動いてない。宇宙の鳥墓場そんな感じだ。胸がきゅんとなる。もう、鳥肉を食べるのはやめよう、そう思った。
あたりを見回すともうぐちゃぐちゃだ、昨日自分がどれだけ大騒ぎしたかが分かる。我を見失っていたとはいえ、さすがに反省した。しかし片づける力は残っていなかった。虚脱感でいっぱいだ。少し、外に出て、頭を冷やそう。そう思って外に出た。
昨日のニワトリ様の所まで行く。今日もいるだろうか?いた。昨日より人が増えているようだ。みんなも同じ気持ちなんだろう。私も一目ニワトリ様を見たくて輪の中へ入っていった。押し合いへし合いどうにかこうにか、前へ行けた。
いたニワトリ様だ。
おもわず頭を下げて地面に付けた。俺は無心に祈った。すると昨日のジジーのように俺の頭の上に乗り「コケコッコー」と鳴いた。
「おおー!!!」回りから驚嘆の声が揚がり、俺は少しうれしくなった。
「おお〜、選ばれし者、そなたはたった今、神の啓示を受けた。89567人目の人間だ。」
その89567人目と言う数字を聞いたとたん、馬鹿らしくなり頭を上げた。
ニワトリは大きな声でコケーと言って転げ落ちた。落ちたショックで首を折ったのだろうか?二、三歩、歩いてこってと倒れて死んでしまった。
一同シーンとなったが事の重大さに俺は大慌てで逃げた。来るは来るは異常な集団がおいらを殺しかねない勢いで追いかけてくる。
”ああ、俺は最後のニワトリを殺してしまったのだろうか。”
心の中に寂しさがわきあがったが、このままでは、追いかけてくる群衆に殺されてしまう。生態学上は人間一人より鳥類一匹の方が重要なのだろうが、その怒りが自分に回ってきたらたまらない。”たすけてくれー”心の中だけで叫んだ。声に出すと、狂った群衆どもの心の火に油をそそぐことのなる。
しかし、運動不足のおいらには限界はすぐに来た。
”もう、もう だめだ。”目を血張らせよだれを垂らしながら、横っ腹を押さえて、泣きながら、放屁し、放尿まで行こうかとした時、”ぎょへぺぷ”
自分でも恥ずかしいくらい、げっぷだかなんだかわからない言葉を発しながら転がり倒れた。
”殺される”
とにかく頭を抑えて防御態勢だけは取り、体を丸めた。
狂った群衆はすぐに俺を取り囲みすぐにでも殺しかねない目で、おいらを見ている。
”うおー”後から来たがたいのいい体育会系の兄ちゃんが活きよい良くおいらになぐりかかった。それを先頭に半径500メートルの集団が一斉においらに襲いかかった。
最初に頭にポッコとだれかがおいらをたたいた。一瞬、回りが静かになる。
あれ、そーっと目をあけるとおいらの右肩の上に黄色い物体がのっている。
ひ、ひ、
群衆の一人が叫んだ。
ひよこ〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
奇跡だ!ミラクルだ!ひよこが空から降ってきておいらの肩の上に止まってくれた。
俺は泣いた。涙がかれるまで泣いた。鼻水さえも流れるままに。
気が付くと、半径500メートルの群衆はおいらを中心に土下座をしていた。
たった今、おいらを殺そうとした人たちがである。
脱力感に襲われながらも立ち上がり群衆に答えようとひきつった笑顔をつくった。
ふっと、前を見るとやけにケンタッキーの看板がまぶしく見えた。皮肉である。
肩に止まったひよこを、落とさないように手の上に乗せた。そして、一番前にいたハゲの親父に最高の笑みをしながら、渡した。すると、そのおやじは、最高のひきつり笑いをして、うやうやしく両手でひよこを受け取った。たぶん、そのおやじの人生の中で一番注目度の高い光景だっただろう。こんな、危なっかしい物を持っていたら、命がいくつあっても足りない。おやじも涙目になりながら、困惑していたが、不気味な笑顔で会釈した。今度はおやじを中心に群衆が土下座をした。注目がひよこに集まっているうちに、そっと、群衆から離れて、家に帰った。
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8日目

朝起きてテレビを付けると昨日のおやじがテレビに出ていた。真っ白い布に身をくるんで、まるでソクラテスだ。どうやら、教祖になったらしい。
『ぷ!』思わず吹き出してしまった。笑った。腹の底から笑った。昨日の今日で、早くもTVに出ているとは。
昨日のさえない顔とは違い観音像のような目つきでただ静かにほほえんでいる。
『世界の鳥類は全て滅んでしまった。』
『・・・・・・・』
『しかし』
『神は私に最後の機会を与えてくれた』
テレビの中でうやうやしく手を上げて、それをゆっくりと降ろした。
『ファイナルバード。。。。これが、最後の鳥です。』
昨日のひよこだ。
『ぷ!』また吹き出してしまった。
こいつのいい方では俺が神様ってことになる。
周りの一流コメンテーターと呼ばれる奴らは『ほほー、これが最後の・・・・』なんて、ただのひよこを物珍しげに見ている。
アップになったひよこをよく見ると、元はカラーひよこだったらしく、すこし、インクの跡が残っていた。
そこで、CM、いきなり、ケンタッキーだ。8秒くらい流れて『少しお待ち下さい』の画面になった。
それはそうだろうな。新聞を見るとケンタッキーは倒産するらしい。それよりももっとひどい状態だとも書いてある。
なんでも、世界のフェミニストどもがケンタッキーの押し掛けて暴れているらしい。まともな頭で考えれば、ケンタッキーのせいというより、
こんな環境のまま地球をほったらかした人類全てのせいなのに、彼らは悪の元凶がどうしても欲しいらしい。
『なんでも他人のせいか・・』ぽそっと言った時に、TVがもどった。
教祖のアップだ。何か怒鳴り散らしている。よくよく見ていると、どうやらひよこが逃げ出したらしい。
もう、スタジオ中ひっちゃかめっちゃかだ。ここでも教祖は人のせいにして『おまえのせいだ。だれだれのせいだ。』なんて言っている。
ここでも、人のせいだ。どうやら、ひよこは外へ逃げたらしく見つからないらしい。
さっきまでの神々しい親父の顔が、ものの30分で何とも自信なげなはげ親父になっている。
どうでもよくなった俺は会社へ行くことにした。

会社では半数以上の人が来ていたが、まともな仕事はできそうもなかった。

定時に会社を出て、一杯ひっかけて家に帰る。『ああ、もう焼き鳥は食えないんだな〜』と口が裂けても人前では言えないが、心の中で思ってみる。ビールが少し、いつもより苦い気がした。おれはほろ酔いで家に帰った。

『ただいま〜』誰もいるはずの無い部屋にもどって電気をつけると、万年こたつの上に・・・
『ひ、ひ、ひよこ』俺は唖然とした。頭の中が真っ白になったが、『これは、俺に教祖になれってことか?』
しばらく考えて、『やきとり・・・』ぼそっと俺はいった。頭の中の天使と悪魔が戦っている。
悪魔が『最後のやきとりはどんな味かな?』といったら、天使が『おまえ何考えているんだ。そんなもん食っちまって、ばれたら死刑だぞ!』『そんな法律はない』『ばか、大勢の人間がおまえへの非難で大変な事になるのがわからんのか!』『うるさい、最後だからこそ食べたいんだ。いつもなら食いたくもないよ』『ばかやめろ!』『おまえの目、普通じゃなくなってるぞ』『やめろ〜・・・・・・』
ほろ酔い気分の俺がどっちに転んだかは、口が裂けても言えない。コケ〜

おわり

presented by kuwajima