おばはん

「きゃ〜、ちょっと、ちょっと」
「ちょっと、どろぼうよ、この人」
「ちょっと、なんで私の財布をもっているのよ!」

私は財布を手に持っている。
たしかの、このちょっとおばさんの財布である。
しかし、私はどろぼうではない。
なぜなら、私は、このちょっとおばさんが落とした財布を
手に取り、このちょっとおばさんに声を掛けたからだ。
「あの〜」と、

そしたら、
いきなり
「きゃ〜」である。
話も聞かずに泥棒呼ばわりである。
「あの〜」
「ちょっと、いいかげん、財布、返しなさいよ」

私は、いま、むちゃくちゃ、このちょっとおばさんに
財布を返したくない。

むしろ、金などはいいから、
この財布を引きちぎり
ゴミ箱にでも捨てたいのである。

「早く、早く返しなさい!」
怒鳴っているのである。
回りに大勢の人が集まって、私を囲んでいる。
手には財布。
なにやら、警備員と店員も駆けつけてきた。

「君、何をしているんだ!」
「いや、その」
「はやく、財布を返しなさい!」
「証拠は上がっているんだ!」

え〜、なにそれ、
確かに財布を手に持ってはいるが、
証拠って、なんだ?。

「いや、これは、拾って、、」
「いや〜、この人、返さないつもりよ〜、警備員さん、早く捕まえなさいよ!」

うるさいおばさんである。
もう完全に返すタイミングを逃した。
「君!見え透いたウソはやめて堪念して、早く返しなさい!」

ウソではないのである。
本当なのになぜに、こんなおばさんの事を信じているんだろう?

どうやら、後ろにも警備員が2、3人いて
今にも私を捕まえる気配だ。

そーっと近づいてくるのを感じる。
いやだ〜。捕まりたくない。
くるっと、振り向いて、
「近寄るな!このデパートに、今、爆弾を仕掛けた!」

うそである。
子供でもわかるデタラメである。

しかし、回りの空気が止まった。

「いいか、近づけば、爆発させるぞ!」
「この携帯から、電話を鳴らせば、爆発する仕組みなんだよ!」

「きゃ〜」
と一番最初にパニックになったのはこのおばさんである。
いきなり、助けて〜っと大声で叫んでいる。

回りは半信半疑である。

そのとき、風船が割れる音と同時に、
積んであった、缶ビールがガシャンと大音量で倒れた。

きっと、この騒ぎに押されて、割れた風船の音に驚いた誰かが、
高く積んであったビールを押し倒したのだろう。

大騒ぎである。
パニックである。
あのちょっとおばさんなどは、真っ先に逃げ出した。

きゃ〜っと逃げ惑う群衆が
一斉に四方八方へ逃げ出した。

しめた!と思ったが、

警備員達は俺を相変わらず囲んだままだ。

「おい!、道を開けろ!」
「さもないと、携帯をかけるぞ!」

警備員達は誰も道をあけなかった。
半信半疑なのだろう。

そのとき!
小さめのださい男が
警備員の1人を押さえつけて倒れこんだ。

「アニキ!、早く、ここはいいから、早く逃げて!」
と、大声で叫んでいる。

誰だお前?。

まったくもって見た事も無い人間が、
私を助けようとしている。

「早く、兄貴!、早く逃げて!」

私は、素早く、その押さえ込まれた警備員を横目で見て
逃げ出した。

「あにき〜」
悲痛な声とともに
見知らぬ男は私に手を振って、大勢の警備員に押さえ込まれた。

後日、風の便りで聞いた噂だと
その男は映画の撮影だとかんちがえし、
地方から出てきた売れない役者だったので、
飛び入り出演、迫真の演技、監督に認められ、準主役でデビュー。
という図式が出来上がり、
私を助けたそうだ。

私?
私は、なんとかこの場を無事に切り抜け、
無事に自宅にもどった。
もちろん手には財布を持って。

私はどうしても気になって財布の中をのぞいてみると

そこには、

古めかしい半分にちぎれた写真が
小さな子供がうつっている。

その写真は
まぎれも無く私だ。

そして、私の財布からは、
その半分の写真とぴったり重なる。

生き別れた母が映ったたった1枚の古ぼけた写真が。

私の生き別れた母しか持っているはずがないこの写真

運命はいかに!

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