チャーハン

冷蔵庫をあけたら
そこには食べかけのチャーハンが入っていた。
実に素晴らしいことに
まさに食べかけとはこの事を言うのだと思うほどのチャーハンなのだ。

レンゲの置き方も
まさに今ここにその人がいたような気配さえ感じさせてくれる代物なのだ。

残念なのはこのチャーハン
サランラップも何もしていないので、
ゴハンがカッチカッチになってしまっている。
いったい誰がこんな置き方をしたのだろう?

嫁か?性格からして違うだろう。
息子か?あり得るのだが、やつはネギが大嫌いなので
必ず、端にネギの固まりがあるはずだが、それもない。
では、お袋か?
いや、お袋は脂っこいものがもう苦手で
最近ではこんなものを頼んだのを見た事が無い。
いや待てよ。嫌いだからこそ残したのか?
そうか、お袋と考えればつじつまが合うな。
そうか、女房のヤツがお袋に出して、いらないと言えずに残したんだろう。
きっとそうにちがいない。

わたしはそう確信して
チャーハンを見た。
なにやら、うまそうだ。
さっきはカチカチのようなきがしたが、
少しだけ食べてみよう。

と、レンゲをとって、すこしだけ口に入れてみた。

う、うまい!
いったい、なんだ、このうまさは!
わたしが食べたチャーハンの中でも一番うまいじゃないか。
ありえない。
冷えたチャーハンがこんなにうまいとは
いったいなぜ?
味の素あたりが、人間の脳に直接響くうまみ成分でも開発したというのか?
なぜ、こんなに食べかけの冷えたチャーハンがうまいのか、
わたしには見当もつかなかった。
わたしは箸(レンゲ)を休める間もなく
気が付くと冷蔵庫に首をつっこんだまま
チャーハンを食べ終えてしまった。

あ〜うまかった。こんなチャーハンは食べた事が無い。
できれば、後少し食べたかった。
ちょうど、誰かが食べた分だけ食べたかった。
きちんと一人前食べたかった。
このチャーハンを食べる為なら
そう、50万、いや100万円払ってもいいくらいだ。
そう、心の中で願ったが、それはまあ無茶な話だろう。
もし、これが温かいチャーハンだったら
いったいどれだけうまいのか
計り知れない
冷めてこれなのだから、
ああ〜本当にそのチャーハンを食べる為なら100万くらいは惜しくない。
なんて、思っていた。

さて、こうなったら、このチャーハンの出所を調べて
もう一度作ってもらおう。
そうだ、そうしよう。
わたしはただひたすら、他の家族が帰ってくるのを待った。

小一時間してわたし以外のみんなが一斉に帰ってきた。
「ただいま〜、あ〜恐かった」
「お帰り、あのさ…」
「ねえねえ、聞いてよ」
「いや、あのね」
「いまさ、大変だったのよ。ねえ」
「そうそう、すごかったんだから」
「お父さん大変だったんだよ」
「い、いや、大変なのはわかったけど、あのさ、れいぞ…」
「いまさあ、泥棒が家はいってさ、それをおばあちゃんが見つけて」
「もう、死にかと思ったわ」
「おばあちゃんその泥棒に捕まってぐるぐる巻きにされちゃてさ」
「ちょっと待って、その泥棒、チャーハン作らなかったか?」
「え、知らないけど」
「わたしが目隠しされてた時になにやら、ごそごそ作っておったわ」
「それで、ぼくが帰ってきた時に…」
「ちょっとまて、ばあちゃん、ほんとうにその泥棒何か作っていたんだな!」
「ああ、なにやらいい匂いがしてたわ」
「それで大変だったんだよ。どろぼうと俺戦ったんだよ」
「危なかったんだから、ママが帰ってこなけりゃほんとやられてたわよ」
「そのどろぼう!今どこにいる!」
「だから、ママが警察に電話したら慌てて逃げたんだよ」
「それで、みんなで追いかけたんだから」
「それで、つかまえたのか?」
「だめ、逃がしちゃったのよ」
「警察がきて大変だったのよ」
「わたしたちもそのあと、警察に行って被害届とかいっぱい聞かれてさ」
「100万よ100万!盗まれちゃたのよ〜」
「ママのへそくりだったんだ」
「捕まったのか?犯人は」わたしは妻の事よりどうにも犯人が気になり
「だから、取り逃がしちゃったのよ。100万よ」
と妻は泣き崩れた。

あのチャーハンは本当に100万円のチャーハンだった。
どうりでうまいわけだ。
あれ以来わたしはもう一度犯人が泥棒に来てくれないかと
そればっかりを願って
妻のまずいチャーハンを食べている。

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