赤信号


「まだですかね?」

「まだみたいですね」

「どうしたんでしょうね?」

「どうしたんですかね」

「ずーっと、ですか?」

「ずーっとですね」

「私はかれこれ、もう5分も、待ってますよ」

「わたしはもう、40分くらいです」

「え!そんなに!やっぱり壊れてるんじゃないですかね」

「そうだと思います」

「なんで、渡らないんですか?」

「私ね。もう、早く青になれって、ずーと祈ってますよ」

「渡りませんか?」

「いや、青になるまで待とうかと思っているんです」

「いったい?どうしてです?」

「いや、なに。つまらん事ですよ」

「それにしたって会社だってあるでしょうに」

「じつは私、今日で定年なんですよ」

「え、なら、なおの事」

「ええ、でも、会社はもう私を必要としていないわけですしね
 それに、だれでもあるでしょう。ジンクス!
 玄関は左足からでるとか。ボタンは上から掛けるとか
 それなんですよ。
 つまらない意地なんです。」

「そうですか。…
 わたし、お付き合いします!
 わたしも青になるまで待ちます!」

「いいですよ」

「いや、いいんです!
 じつはわたし、会社にも家にも居場所がないんです
 なんだか、どうしてもあなたにおつきあいしてみたくなりました。」

「無理しないでくださいよ」

「はい!」

「あ、あの向こうの若者!赤なのに平気で渡りやがった!
 あーなんて奴だ!あーいうルールを守れん奴がどんどん社会を悪くするんだ!
 まったく、親の顔がみてみたいもんだ!」

「すみません」

「え、いやあなたに言ったのではなくて…」

「すみません」

「え?」

「親です」

「いや〜、
 元気があっていいですね!」

「すいません。どうぞ、私に気を使わずに
 あなたもわたってください」

「いや、いいんです」

「どうぞ、どうぞ」

「いや、本当におつきあいさせてください!」

「そうですか?気にしないで渡ってくださいね」

「はい、どうしても渡りたくなったら
 信号無視しますから」

「本当に大丈夫っですか?
 あなたは、わたしよりまだ長い人生があるんですから
 わたしなんかにかまってないでくださいね」

「はい、大丈夫です!」

「あなた、いい人だ!
 ほんとうに いい人だ!
 ところで、あなたのお仕事は?
 なにをなさっているかたですか?」

「わたしですか?」

「いや、わたしのせいで遅刻させて、
 ほら、遅刻が許されるようなお仕事だったら
 わたしも少しは気が楽ですから」

「あ、そうですか。
 わたしは、幹線道路の整備警戒をする仕事です」

「道路の整備?たとえば?」

「あ、はい。
 たとえば、信号機の故障を見つけ直したりしています!」

「???
 信号機を直す?」

「はい!」

「じゃ、直しなさいよ」

「いや、
 信号を直すにはあっちまで行かないと
 あっちまで行くには
 赤信号を渡らないとならないので…」

「ので?…
 直さない?」

「直さないのではなくて、渡れないのであります!」

「ちょと、あんた、渡って直して来なさいよ!
 そうすれば、あたしも定年最後の日の会社にいけるんだよ!」

「でも、赤信号であります。」

「定年最後だよ」

「居場所の無い会社でしょ」

「そんなことはいいんだよ!
 おまえ!早く、行け!」

「なんだか、急に口が悪くなってません?」

「当たり前だよ!
 お前が行って直せばそれで解決だろ!」

「でも、わたしもおじさんとお付き合いします!」

「いいんだよ。渡れ!」

「でも、信号無視は出来ません!」

「いいよ。それがお前の仕事だろ!」

「信号無視は仕事じゃないですよ」

「いいから、渡れよ」

「そんな事いって
 わたしが渡ったら親の顔が見たい!って
 いうんでしょ!
 さっきの仕返しに」

「いわねーよ!いわないから
 頼むから、赤信号渡って信号直してくれ!」

「でも、それだと、おつきあいできませんよ」

「いいんだよ。付き合わなくたって」

「わたし。ふられたんですかね?」

「そっちの付き合いじゃないだろ!」

「…
 無理です!
 やっぱり、僕には
 赤信号を無視するなんてできません!」

「いいんだよ。怖がらなくても、
 最初はみんな恐いんだよ
 なに、やっちまえば、
 あー以外に簡単なもんだ!って
 みんな、そうなるんだよ」

「じゃあ、おじさんも…」

「おれ?おれはダメダメ!」

「じゃ、ぼくも無理です」

「頼むよ!」

「無理です」

「仕事しろよ〜」

「おまえもな!」

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