カエルの話/その1

ヤンは運のいいカエルだ。
もちろん運がいいだけで頭はけして良くないけれど、ここまで運のいいカエルはなかなかいないだろう。なにしろヤツの母親はヤツが生まれる前に死んじまった。土の中にいて【SALE】ってかかれた立て看板の杭にぐっさり刺されて死んだんだ。それから3日後に土の中でヤツの母親は卵を産んだ。死んでいたから体が腐って出てきたが正しい言い方かもしれないが、、、
それにしたってヤツが土の中で卵から孵って5日間も雨が降り続けなきゃヤツは死んでいたにちがいない。しかもやつはたまたま卵の中心あたりだったから土が崩れ落ちても何とか助かったんだ。何百個もあった卵のなかで孵ったのがほんの3,4匹程度だったのだからそれだけでも運がいい。
五日も雨が降り続いたおかげで土の中が水たまりになっていたのもヤツの運の良さだろう。もっとも、その降り続いた雨のおかげで土の中へ中へと流されていったが。そこで、おたまじゃくしからものすごいスピ−ドでカエルになれたのも体が危険を察知してのことだったのだろう。2日も遅れていたら、土の中の水さえも涸れていたのだからヤツの運の良さもまともじゃないぜ。すれすれカエルになった3匹が外を目指して土の中を進んでいった。 
やがて3匹は誰からともなく別れていった。1匹は真上へ1匹は右へそしてヤツは左へ向かったんだ。全くヤツは運がいいぜ!他の2匹は頂上を目指してがんばったがアスファルトやコンクリートにさえぎられて力尽きていった。左に行ったヤツだけがたった50cm四方の花壇のような土の空間から外に出られたんだから、ヤツの運も半端じゃない。
そこでヤツが最初に見たモノは、ヤツのお袋さんを串刺しにした【SALE】のカンバンだったが、ヤツは気にも止めていなかった。
まあ、それでもいつもよりは無口だったけど、それも俺の思い過ごしかもしれない。
それから四方をコンクリートで固められた50cmの四角から出てきたヤツに北風が吹かなかったらヤツは死んでいたにちがいない。なぜなら、この辺で唯一の水源は北に向かって500mほど進んだ小さな池にしか水がないからだ。たまたま北風が水の香りを運んで来てくれた。だからヤツは北に向かったんだ。
そこはヤツのお袋さんのふるさとさ。もっともヤツにとってはそんなこと関係のないことだったけど、500mも車や人に踏まれずに勧めたのっだって奇跡的な事だぜ!
ただし、やつはあんな小さな池じゃすぐに満足しなくなったけどな。

悪運だけのヤツが目指したのはもっと大きい水溜りで思いっきり泳ぎたい!それだけのことだったらしい。まあ、その池に住んでいた女にふられたのが本当の原因だったかもしれないが、実はそいつがヤツのおふくろさんのお袋つまりはおばあちゃんだったってことはヤツだけが知らない事実で、その恋が成就しない、それも仕方がないことだろう。それでも普通のカエルだったら別の恋人を探してその池で一生を終えるのがふつうだろう。この池を出て行った母親の血だろう。また別の場所を探しにまた北へ向かった。
人間いや生き物ってヤツは一度うまくいくとまたうまくいくと思って卑しい根性が出てしまうんだな。
ただ悪運の強いやつはまたしてもBICなチャンスを見つけたね!
なんと5日と歩かないうちに河を見つけたんだ。やつは狂喜したね。それこそまさしくヤツの目指した世界だったんだ。ヤツは狂ったように毎日泳いだんだ。それは楽しい日々だったろう。大きな金脈を掘り当てたのと同じくらい価値のあるものだったね。だけど残念なことにヤツは生まれてこの方同じところに2週間といたことがなかった。本当はこの河にヤツ以外のカエルがいなかった、特に女がいなかったのにヤツは耐えられなかったらしいけどね。ともかくヤツは河を泳ぎどんどん西へ下っていったんだ。流れに逆らわず進むのは非常に楽だったせいか、そのまま流されるままヤツはついに行き着くところまで行っちまった。とどのつまりはそう海に出ちまったんだよ。いくらなんでもカエルのヤツが海にそう長い時間いれるはずもない。あわてて砂浜にもどったよ。しかし雨季はもうとっくに終わっちまって、真夏の太陽の光をくらったもんだから浜はとんでもない温度になっていた。
ヤツはくるったようにピョンピョンと飛び跳ねていたっけ、ヤツの悪運もここまでか!というときにあの魚に出会ったんだ。ピョンピョン飛び跳ねたのが良かったんだろう。遠くに打ち上げられた死にかけの魚がいたんだ。やつはそいつのところまで行って、話し掛けたんだ。やつらは死にかけ同士すぐ仲良くなって、自分の持っている知識を相手に教えだしたよ。カエルは高く飛び跳ねる方法を魚は何でも特別な情報として死ぬ前にカエルに教えたらしい。天国ってところがあるらしいことを。2つの角が守る線のような穴がある場所。そこが天国の入り口だってことを。なんでもその穴をくぐるとそこはなんだかとても居心地がよく、この世のものともおもえないくらいやわらかく、素晴らしいところらしい。そこまで言うと魚は干からびて死んでいった。カエルは最後の力を振り絞ってもとの河へ戻っていった。
ヤツはどこまでも泳いで天国ってところを目指した。今回は流れに逆らっていたのでとても大変だった。ちょっと気を抜くとすぐもとの場所以上に戻されてしまう。そうすると海に逆戻りだ。二度と海へはもどりたくなかったのでヤツは必死にがんばった。しかし寝ないで泳ぐのもそろそろ限界だった。それは4日目の朝だった。もうだめかと思ったカエルに不思議なものが見えた。ゆらゆらと割と規則的に2つの棒のような物体がなにやら動いている。ヤツはもしや、これが魚が言っていた天国を守る2つのツノなのかとも思った。もしやと思い目を凝らして2つのツノの間を覗いてみる。するとなにやら糸のような線が見えた。ヤツは「ここだ!」と残ったあるだけの力で糸の奥にある穴を目指して頭からつ込んでいった。
すると以外にもするりとヤツは穴の中へ入いれた。ココが天国?ヤツは思ったが確証は得られない。 
なるほどそこは温度もちょうど良くカエルにとって湿り気も程よく、少し息ぐるしかったが、それもしばらくするとなれた。なにより今まで味わったことのないやわらかさだった。
ヤツは今までの疲れが出たんだろう。急に眠気が襲ってきて、とうとうやつはそのまま冬眠しちまいやがった。
それから、ヤツがでてきたのは10月10日先のことだった。
驚くなかれヤツはたった10gもない身体だったのに、いまじゃ寝ていただけで3kにもなっていた。だからやつの動きも鈍くなってなかなか穴からは出られなかった。
実はこれがやつの第二の母キャサリンとの出会いになるのである。
ヤツが穴だと思って入ったのはキャサリンの体内だったのだ。キャサリンは河で平泳ぎ中にキャーといって気を失ってその時溺れるキャサリンを助けたのが現在の夫ボブである。ボブは溺れるキャサリンを助けただけなのだが,その後妊娠を発覚しその責任を無理やりとらされた気のいい男なのである。
第二のお袋も苦しんだそうだ、だけど一番驚いたのはヤツの顔を見た医者さ。なにしろでっかいカエルが出てきたんだから。
だけど、やつのお袋の素晴らしいところは、そんな姿形で見放す事などないところにある。まあたらしいタオルに包んだ俺を見て怖がってなどなく、そんなオレに初めてキスしてくれたのがお袋である。

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