ある少女の話

何年か前に私はある病院に通ったことがある。
週2回程度だろうか、そこでよく見る少女がいた。
小学5年生くらいだろうか、背丈は小さく3年生くらいに見える。
一人でくるときもあれば、家族連れで来ることもあった。
髪の毛は肩より少し下くらい痩せていて、とてもかわいらしく、上品な顔立ちをしていた。
性格は大人しく、いつも静かに待合室のベンチに座っていた。
私はとても、かわいらしく、静かに順番を待つその娘にとても好感を持っていた。
しかし、彼女の家族は、およそ、その少女のイメージの家族とはかけ離れたものだった。
父親は見たことがないが、少女には母親と弟がいた。
母親は身長が140cm無いだろう。
その反対に体重は70kくらいはありそうな人であった。
顔は醜く、歯並びは最悪で出っ歯で目つきも悪い。
なんと表現すればいいのだろうか、
白土三平の漫画に出てくる背虫男のイメージといえば一番ぴったりくる。
事実、話し方もその背虫男のような話し方だ。
訛りがひどく、話す間に歯から息が漏れる音がして、しかも、とても声がでかい。
「シー、ほんとに、シーお前はシー、どうしようも無い子だね」と
少女はその母親からいつも大声で罵られていた。
待ち時間の長い病院だったから、1.2時間待たされる中で、
頻繁に少女は母親から怒られるのだが、はたから見て、怒られる理由はまったくない。
まるでその少女を憎んでいるような怒られ方であった。
その少女には弟がいるのだが、これがまた実に出来が悪そうな弟で、
小学校3年生くらいだろう。
姿形は母親そっくりで、ずんぐりむっくりのデーブデブ、
いつもお菓子を食い散らかしながら、ゲームボーイをやっている。
それでも、長い待ち時間が我慢ができないらしく、
大きな声で母親に文句を言ったり、ばたばたしたりしていて、周りの患者はとても迷惑そうだった。
母親はその弟を溺愛していて、なんでも言うことを聞いてやり、
お菓子が欲しければ与え、漫画が欲しければ与え、ジュースも与え、猫撫で声で優しくあやしている。
典型的なばか息子とばか母だっだ。
弟にはなんでも与える母親だが
少女にはほとんど何もあたえていなかった。
せいぜい、弟の食い残したお菓子とか飲み残したジュースくらいだった。
それも、なぜか、さんざん罵られた後に与えられた。
それどころか、たまにちょっとしたことで小突かれていた。
はたから見ていて、本当にこの少女と母親は親子なのだろうか?
父親の連れ子ではないだろうか?と本気で思っていたものだ。
そうであれば、今までのこの母親の態度に納得がいく。
まさか、『その子は、母親のあなたに似てもにつかないほどかわいくて性格も良いですが、
再婚相手の旦那の連れ子なのですか?』と聞くわけにはいかなかった。
私が一番不思議に思ったのは、その少女は母親を愛していた。
いや、正確に言えば母親の愛をとっても欲しがっていたというべきだろう。
そのためには、なんでも母親のいうことを聞くし、無理を言って騒いだりするようなことは無かった。、
時には殴られても、反抗などいっさいしなかった。
すべては、母親の愛がほしいからだと、いうことは周りから見てよくわかった。
謙虚な少女は弟に注がれる愛情の1/10でも満足しただろう。
しかし、少女にはいっさい愛情は与えられなかった。
そんな少女をよく病院の待合室で見たものだった。
病院通いが終わって、たまに街のスーパーで、
少女とその母親、弟を見かけたことがある。
あいかわらず、ゲームボーイをやっている弟に
母親は溺愛し、少女を怒っている姿だった。
少女は寂しそうに母親の後ろからついていくだけだった。
その表情はとても憂いのある顔だった。
少女はとても美しいから、他人の愛情はたくさん与えられるだろう。
まだ、小学校5年生くらいだから、恋愛などは、少し早いだろうが、
もう少ししたら、やさしい恋人ができるかもしれない。
もっと大人になれば、やさしくて誠実でお金持ちの王子様のような人があらわれるだろう。
たくさんの王子様の中から一番素敵な人を選んで結婚して、
とても幸せになれるに違いない。そうなってほしいと思った。
少女がほんの少しの愛情を母親からもらいたがっているのは、
胸が痛いほど分かるのだが、それ以外の愛情は君には全て手に入るから、
がんばってほしいと願ったものだ。
しかし、人間とは勝手なものである。しばらく見ないだけで、そんなことも忘れていた。
その家族を1、2年くらい見かけることはなかったのだが、つい最近その少女を久しぶりに見た。
驚いたことになんと少女は笑顔で母親と手をつないで歩いていた。
もっと驚いたことに、母親も笑って少女と手をつないでいる。
今まで少女のそんな笑顔は見たことがなかった。
とてもうれしそうに笑っていた。
あいかわらず、デブで出来の悪そうな弟は
後ろでゲームボーイをしながら歩いていた。
少女は夢を叶えたのだ。
なによりも欲しかった母親の愛情を手に入れたのだった。
母親の全ての愛情というわけではないが、
ほんの一部だけでも間違いなく少女は手に入れた。
いったいどういうことだろう?
答えはすぐに分かった。
少女は全ての物を失うことによって、母親の愛情を手に入れたのであった。
なにを失ったのかというと、少女は美しさを失った。
醜く太ったその姿は、なるほど、本当の母親だったんだなと分かるくらい、変わり果てていた。
彼女に約束されていたはずの未来、それを全て失ってでも手に入れたほんの少しの母親の愛情。
少女のこれからの人生は、今まで私が想像した良い未来ではないかもしれない。
よく似たシルエットが3つ
夕方の踏み切りに立っていた。

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